レンタル彼氏 – 小説家になろう!から抜粋です

レンタル彼氏(出張ホスト)とは、主に女性客を対象に映画鑑賞・ショッピング・ドライブ・観光案内・食事の同伴・性交渉など、デート気分を楽しませるサービスである(Wikipedia参照)

レンタル彼氏 – 小説家になろう!から抜粋です

さくらりん、30歳になる前の日の夜。
約2年間付き合って最後半年間セックスレスだった恋人にフラれた。
理由は付き合っている理由がもう見当たらない、との事。

 

「意味分からんわ、クソボケェエエエ」

 

ドン!とビールがもうほとんど入っていない大ジョッキを力強くテーブルに置いた。
ここは最寄駅近くの大衆居酒屋。
ロマンチックのロの字も感じさせないような活気に溢れている。

「まぁまぁ。落ち着きなさいな。」

目の前で苦笑いするのは幼稚園の時からの親友、あゆみ。
あゆみはお酒飲めないからもっぱらコーラだけど。

「だいたい何で誕生日の前日なのさ。プレゼント買いたくないの見え見えだっつーの。マジケチくさ??」
「そういう男だったって事でしょ。あんた最初から言ってたよ、10円単位まで割り勘してくる男だって。」
「そうだけど…。」
「だから今日は私の奢りだって言ってんじゃん。ほら、どんどん食べなされ。」
「あゆみ様ぁああ。」

 

私が今まで彼氏の前ではかわい子ぶってあんまり食べなかったニンニクたっぷりの餃子や唐揚げをモリモリと頬張ると、あゆみは満足そうに笑った。

 

 

「でさ、あんた来週の日曜空いてる?」
「へえ?」

もう既に5杯目のビールを口にしようとした時あゆみがニヤリと笑った。

「まあ昼からなら空いてるけど。」
「おーおー朝だけお仕事ですか?今や日本だけでなく世界中を飛び回るカリスマアパレルバイヤー様。」
「なにそのトゲのある言い方は。」
「本当の事じゃん。こないだあんた雑誌載ってたし。」
「名前だけでしょ。」
「いや、充分凄いから。」

あゆみのグラスはいつの間にかコーラからホットウーロンに変わってた。
冷えたんだろうか。
どうでもいい事なんだけど。

 

「このあゆみ様が最高のプレゼントを君にあげましょう。」
「はあ?」

 

 

それから翌週の日曜日。
昼過ぎに最寄駅から少し離れた駅に呼び出された。
地元ではそこそこ都会の場所。
相変わらずの人の多さに押しつぶされそうになる。

オシャレして来い、なんて言うから仕事終わってから慌てて帰って着替えて化粧直してきたけど。
一体何があるのか。
ちょっと怖い。

 

「おー待った?」
そう言いながらニヤニヤ笑って近づいてきたあゆみは別にいつも通りの格好をしていた。
益々意味が分からない。

私達は駅の隣にあるコーヒーショップに入った。

「で、何なの?誕生日プレゼントって。」
「凛さあ、レンタル彼氏って知ってる?」
「何それ。」

 

あゆみが言うには、レンタル彼氏とは簡単に言えば1時間単位でお金を払ってデートしてくれる彼氏みたいな男の子の事。
手も繋いでくれるし、必要ならばキスだってセックスだってしてくれたりする場合もある…らしい。

 

「なにそれデリヘルの男バージョンじゃん。」
「ちげーわ。もっとこう…純粋な感じ?」
「お金払ってる時点で純粋じゃないですよん。」

そう突っ込むと、あゆみは確かにねー、と笑ってコーヒーを一口飲んだ。

「別にエッチしなくてもいいのよ。ただデートするだけでもいいし、話聞いてもらうだけでもいいし。」
「ふうん。てかあゆみそんなん利用してたの?」
「仕事で一回ねー。」

あゆみはジャーナリストだ。
それも女性向けの水商売や風俗に関しての。

 

「で、ちょっと前に話題になったの知らない?」
「知らない。」
「だろうね。ま、話題になったのよ。それで大手のサイトの取材をさせて貰ったの。」
「それと私の誕生日と何の関係があんの?」
「あんたさあ、こないだ別れた彼氏ともう一年くらいデートしてなかったんでしょ?」
「まあ…。」
「そこでだ。その取材で知り合った男の子で良い子がいたのよー。その子にこの後ここに来てもらうから。」
「へ?」
「私からの誕生日プレゼント。」

ニカッと笑うあゆみの顔をこんなにもぶん殴りたいと思ったのは多分後にも先にもこれが一回切りだろう。

 

「ヤダよ??見ず知らずの人とデートとか??」
「別に無理にいちゃいちゃしなくたって話するだけでもいいんだってば。あんたに必要なのは男の人の優しさに満たされる事だと思うのよ。一年ぐらいあんたの辛そうな顔見てられなかったんだからね。」

確かに満たされはしてなかったけど。
だからって。

 

「ねえ、やっぱ怖」
「あ、きたきた。」

私の言葉を遮るようにあゆみは立ち上がって出入り口に駆け寄る。
あゆみがドアを開けるとそこには背の高い爽やかなイケメンがぺこりと頭を下げながら入ってくるのが見えた。

 

「すみません、遅くなりまして。」

私にも深々と頭を下げる彼には風俗とは思えないくらいの好青年さがあった。
この人が出張ホスト…じゃなくてレンタル彼氏?

 

「ごめんねー急にお願いして。忙しかったんじゃない?」
「なんとか大丈夫です。牧原さんにはとてもお世話になりましたし。」
「いやいや、こちらこそ頼むなら裕哉くんって思ってたから助かったよー。」

私を置いてけぼりに話が弾んでいる。
二人はハッとしたようにポカーンとしている私に気付いて慌てて私を見た。

「ああ、ごめんね。こちらは三宅裕哉くん。私らの2個年下だよ。」
「はあ…」
「裕哉くん、この子は佐倉凛。私の親友で今回この子をお願いしたいの。」

裕哉くん、というらしい目の前の好青年は私に向き合いにっこりと笑った。

「はじめまして、凛さん。三宅裕哉といいます。今日はよろしくお願いします。」
「あの」
「大丈夫、料金は気にしないで。延長分も私がどーんと払うから??凛は裕哉くんと楽しくデートしてきてね。」
「え」
「じゃあ私は帰るね。それじゃあ裕哉くん、よろしくね。」
「はい。」

私が喋る隙もくれないらしい。
あゆみは満足そうに帰って行った。

 

さて、残された私と裕哉くん。
多分私のせいで重苦しい空気が流れ出していた。

「え、と…」
「緊張してらっしゃいますよね?」
「そ、うですね…」

ヘラッと笑う事しかできない。
こんなにも男の子に慣れてなかったなんて。
いい歳して恥ずかしい。

「じゃあ呼び方考えましょうか。」
「呼び方?」
「凛ちゃん、って呼んでいい?」

急にフランクになる裕哉くん。
笑顔もフッと艶っぽくなる。
不覚にもドキッとしてしまった。

 

「り、」
「り?」
「凛、って呼んで欲しい、かも。」

何を言ってるんだ私は。
こんなめっちゃ恥ずかしい事を初対面の人に。
顔が熱い。
今絶対真っ赤っかだ。

 

「分かった。じゃあ俺の事も裕哉って呼んで?…凛。」

若いのに低くて落ち着いた声が心の奥に響く。
なるほど。
あゆみが彼を選んで連れて来たのが分かった。
彼の声は心地いい。

「ゆ、うや。」
「…なに?凛。」

ダメだ。涙が出そう。
こんな優しいの、ずっと無かった。

 

「凛は今日どこか行きたいところある?」
「特には…」
「そうだよね。いきなりだったしね。そうだなー…、じゃあ自然公園とかブラブラしてみる?こんなに天気もいいしね。」

うん、と答えると裕哉はにっこり笑ってくれた。

 

公園までもぎこちなくだが和やかにお喋りしながら歩いた。
時々私の右手と彼の左手が少し触れそうで触れなさそうで、もどかしくもそれが心地いい気もした。
こんなドキドキしてるのいつぶりくらいなんだろう。

30分くらい歩くと公園の門が見えてきた。

「お、着いたー。凛、足痛くない?」
裕哉が私の足元をチラッと見る。
少しヒールが低めとはいえ、私の足元はパンプスだ。

「大丈夫。仕事柄慣れてるし。」
「お仕事何してるの?」
「アパレル関係だよ。」
「服屋の店員さんとか?」
「うーん、どっちかっていうともっと裏方かな。バイヤーなの。」
「え、すげえ??かっこいいね。」

こんな爽やかイケメンに褒められて嫌な気なんてするわけない。

「裕哉は普段は何してるの?…とか聞いちゃマズイんだよね。」
「そうだね。…ごめんね。」
「あ、ううん。こちらこそごめん。」

あ、また重い空気。

「喉渇かない?俺何か買ってくるからそこのベンチで待ってて。」

そう言って彼は近くの売店に向かって行った。

 

 

ふう、とため息をつく。
まだ1時間くらいしか経ってないのにこんなに満たされてる。
あゆみ、ごめん。
本当にありがとう。
私はそこに居るわけじゃないのに手を合わせてあゆみに感謝した。

 

「…何してんの?」

声をかけられてハッと顔を上げる。
そこにはプラスチックのコップに入った飲み物を両手に持って私を見ている裕哉がいた。

 

「あ、いや、あゆみに感謝を。」
「あゆみ…あ、牧原さんか。何それ。」
クスクス笑う姿も綺麗なんですね、裕哉さん。

「お茶とオレンジジュースどっちがいい?」
「え、裕哉は?」
「俺はどっちも好きだからどっちでもいいよ。凛の好きな方選んで。」

あーなんて優しいんだろ。
普通はこうなのかな?
元彼はこんな風に買ってきてくれた事も選ばせてくれた事も無かったなあ。

「じゃあお茶で。」
「はい。」
「ありがとう。いただきます。」
「どーぞどーぞ。」

 

それからはベンチでまたたわいもない話で盛り上がった。
お互い好きなバンドが一緒で去年行ったライブ会場が一緒だったとか、お気に入りのパスタ屋さんが一緒とか。
話を合わせてくれてるのかもしれないけど、それでも嬉しい。
そうか、デートって本当はこんなに楽しいのか。

 

気づけば空が茜色になっていた。

「あ、もう時間だよね。」

裕哉が飲み物を買いに行ってる間、あゆみから一応の終わりの時間の連絡が来ていた。
延長したらまた教えて、とも。
嬉しいけどさすがに延長とかそんな図々しい事はできない。

「そう、だね。」

裕哉が目を伏せる。
これもプロの技なのかしら。

楽しかったけどもう終わり。
彼と会うのもきっとこの先無いんだろう。
そう思うと胸がチクリと痛くなった。

 

「ねえ、凛。」
「ん?」
「あのさ、一つ提案なんだけど。」
「うん。」
「彼氏の時間は最初の依頼通りここで終わりなんだよね。」
「うん。」
「だからこれでありがとうございました、でバイバイなんだけどさ。」
「…うん。」
「本当はダメなんだけどね。」
「うん。…ん?」
「俺、今日めっちゃ楽しかったの。なんか別れるの寂しいなって思っちゃったんだよね。」
「え」
「だから今からは友達の時間。…て事でもう少し一緒にいたいんだけどダメかな?」
「でも時間…延長になっちゃうし、あゆみに悪いし…」
「だーかーらー??」

裕哉に手を握られた。
しかも両手。

「凛と本当に友達になりたいんだけど。ダメ?」

 

え?

 

「えええええッッッ???」

いきなり大声を出してしまったからか、裕哉はビクッとなって私から手を離してしまった。
くそっ??勿体無い事した??

 

「ほ、本気で言ってる?」
「うん。」
「営業じゃないよね?」
「うん。」
「…普段は何してるの?」
「ドッグトレーナーだよ。」
「…本名は?」
「井原雅樹いはらまさき。」
「年齢は?」
「それは本当に28。凛の2個下だよ。」

 

そう言って裕哉…じゃなくて雅樹は免許証を見せてくれた。
…ガチじゃん。

 

「本当の俺は裕哉の時みたいに優しくないんだけど。」
「うん。」
「友達になってくれる?」

 

その言い方が可愛すぎて。
噴き出してしまった。

 

「なんで笑うの??」
「だってぇー」
「そんな笑うならこうするよ?」
「へ?」

 

ぐいっと腕を引かれ、気付いた時には雅樹の腕の中にいた。
うわ、それは反則だって。
くそーマジで女慣れしてやがる。
なんか悔しくて私もそっと背中に腕を回したら少し強く抱きしめられた。

 

「凛が嫌ならこのバイトも辞めるし。」
「でも裕哉のお客さん多そうだから難しいんじゃないの?」
「そーなんだけどさあ。でも前々からそろそろ辞めたいと思ってたんだよね。だから時々牧原さんに相談に乗ってもらってて。」
「へえー。」
「妬いた?」
「な、」
「どうなん?」
「妬いてないし。友達なんだから妬いてないし。」
「そうですかー。」

 

ふふっと笑う雅樹。
そして腕がゆるりとほどかれた。

 

「今からどうする?」
「お腹すかない?」
「じゃあどっか飯行くかー。」
「そうだね。」

ベンチから立ち上がるとどちらからともなく手を繋いだ。
友達なら手なんて繋がないでしょって言ったら確かにねって言ったくせにその手は繋がれたままだった。

 

 

 

 

それから半年が過ぎた。

 

雅樹はあの後割とすぐにレンタル彼氏のバイトを辞めた。
いきなり告知もなく一覧表から消えたからしばらくはサイトにも問い合わせが殺到したらしいのだが、すぐに次の子が人気になったらしくて今では全く問い合わせもないそうだ。

 

 

「女ってこえー。」

そう言って笑う雅樹は相変わらず私の隣にいる。

あゆみは最初は凄くビックリしてたけど今ではよく3人で飲みに行く。
結局あの日の利用料は支払わなかったらしい。
雅樹に支払いを断れて困ったってあゆみが笑ってた。
こっそり雅樹があゆみのフリをして支払ったそう。

 

そういえば、こないだあゆみと二人でご飯を食べてた時に
「あんた、あの日から雅樹くんの事好きになったんじゃないの?」
と言われた。
そんなチョロくないって言い返したら笑われたけど。

 

でもあの日の胸の高鳴りも痛みもきっと本当だったんだと思う。

 

 

「次のライブ一緒に行こうか。」
そう言ってパソコンを開いてチケットを2枚エントリーする雅樹の隣でコーヒーを飲んでる。

今もただの友達のはずなんだけど。

一度だけキスをしてしまった夜があった。
別に酔った勢いとかじゃなくて。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ心がふわりと暖かくなってしまって自然に引き寄せ合ってしまった。

 

その事は二人の中で暗黙の了解で口にはしない事になってる。
だけどその日から少しだけ二人の関係が変わったような気がする。

 

「よっしゃ。チケット当たるかなー。」
「当たるように祈っとこ。」
「おー。」

目が合って、微笑み合って、手が重なった。

 

レンタル彼氏から友達になって
友達から何かが少し変わって
これから先も何か変わるのだろうか。

 

先の事は分からないけど。

「今日天気いいなー。ちょっと散歩しに行かね?」

 

そうやって隣で笑っていてくれるなら
きっとこの先ずっと私は満たされる。

 

そんな気がするの

よくあるストーリーらしい